第十八番 龍宿山 西明寺

[宗派]真言宗

  十一面観世音菩薩(御丈 二尺五寸) 

[所在]川崎市中原区小杉御殿町1-906

     044-722-4524 

[最寄]JR南武線 武蔵小杉駅よりバス5分

    東急東横線 新丸子駅より徒歩17分

由緒

西明寺は、聖武天皇(在位724―749)の勅願所であった養護寺(影向寺)の三寺九院の一寺として有馬にあった。後、鎌倉時代には、源義経が東国に行く途中、当寺に宿泊し、住していた尼僧のために、部下の持田氏を残し、当寺を守護させたという。江戸時代の文書によれば、弘長年間(1261―1264)の開基とあり、また北条時頼公が中興開山といわれ、弘長年間は時頼公が亡くなった年頃であり、時頼公と何らかの関係があったとおもわれる。

近世には、小杉に移転しており、二代将軍・徳川秀忠は、小杉御殿を造営した際、隣地の西明寺を殺生禁制の地として尊崇し、御朱印十石を下付された。その当時より末寺二十五ヶ寺を有し、本寺あるいは談林として真言密教の法灯を連綿として守っていた。

寛永5年(1628)に長谷川丹後守から鰐口が寄進され、文化3年(1806)には仁和寺一品親王から菊桐御紋章幔幕を賜り、また境内にある木食上人観正の碑には、御本丸御奥、西丸御奥、久留米御奥、柳生家御奥などの名が刻まれており、この地方の名刹であったことが知られる。

ご本尊は大日如来である。観音堂には行基作といわれている十一面観音が祀られ、近隣の人々の信仰を集めている。また往時には観音堂わきの塩地蔵も参詣者の願いを叶えるといわれ、大変賑わったという。

御詠歌

むらさきの くもたなびきて さいめうじ

 ひびにいるひも みるにつけても

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